愛国心と郷土愛

政治

愛国心とは
自分が属する国や社会に対して、愛情や誇りを抱き、その発展や幸福を願う気持ちを指す。
国を大切に思い、その安全や繁栄を望む感情。

郷土愛とは
自分の生まれ育った土地や今暮らしている地域に対して抱く愛着や誇り、そしてその地域に貢献したいという気持ちを指す。
ふるさとの自然や文化、人とのつながりを大切にし、地域を良くしようと行動する心のあり方。

※Yahoo!検索AIの回答より


愛国心という言葉は筆者も使う。
日本人には愛国心が足りない、愛国心を育む教育が必要だという意見もしばしば目にする。


ただ、最近とある会話の中で気づいたことがあった。


わたしには郷土愛がない。


広島県で生まれ広島県で成人するまで育ち暮らしてきた。
23歳になる年に上京し、東京で13年以上を過ごした。

昨年、お隣の神奈川県に引っ越してきたが、この町のことはまだほとんど知らない。

東京は大人になってから過ごした場所なので濃い。
それなりに自由で楽しい時期を大人として過ごし、自立して生活していたこともあり選挙への興味も少しはあった。
東京への愛も少しはあった。

それでも、東京都知事選に興味はあったが、都議会議員選挙・区議会/市議会議員選挙などはほとんどよくわからなかった。

広島に居た頃はまだ自立している生活ができていなかったし、選挙にもほとんど興味はなかった。


不思議なのは、
あんなに長い人生を過ごした広島に対して、
わたしは興味があまりない。


広島で何か悲しいニュースがある、沖縄で悲しいニュースがある、
どちらも同じ感覚だ。
特別な感情はそこにはない。

もちろん家族が関わることだと別だが、それは”広島だから”ではなく”家族だから”だ。


色々と政治に興味を持ってみて思うが、
実際の生活に関わってくることは少なくとも4割~5割くらいは地方自治の話なのではないかと感じる。

だが、そこに関心がある人は少ない。

明治維新があって藩から国へ。

それから時代は進み、技術もすすみ、
地方の特色や風土、それぞれの地域に住む人たちの特徴なども薄れてきていると感じる。

九州っぽい顔、東北っぽい顔など、
藩の時代や交通の便がまだ発達していない時代はもっと特徴がそれぞれあったのではないだろうか。


話を戻すと、地方自治に興味がない人が多すぎて
蓋を開いてみるとかなりそこの政治はボロボロ、やりたい放題になっているのではないかと思う。

それでも、今住んでいる地域や広島をよくするためにどうしたらいいか、
もっとどういう未来を描いていきたいかと考えようと思っても、真っ白なのだ。


せめて広島には郷土愛を抱きたいところだが。

一つだけ郷土愛の話をすると、
広島弁を意識的に使っていること。

ただ、これは東京で働いたり生きていくうえで自分のキャラクターづくりのために使っているのかもしれない。


郷土愛もないのに、愛国心だけはあるのだろうか?
郷土愛が育まれてこそ、愛国心につながるのではないだろうか。

自分の守りたい家族、帰りたいふるさと、
それらのたくさんの集合体が日本という国だ。


郷土愛については、もっと考えてみたいと思う。

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